|
2008-04-04 Fri 16:34
島田荘司さんはかっこよかった。
大変ジェントルマンでダンディなおじさまでした。 『ネジ式ザゼツキー』 2003年に出版されたということで、御手洗潔ももう50代。 若い頃の変人ぶりはどこへやら?な感じだったけれど・・・。 記憶喪失の男が、スウェーデンの脳科学者御手洗教授のもとに『タンジール蜜柑共和国への帰還』という自作の本を持って現れる。その奇妙なファンタジーの中に散りばめられている記憶のかけらから、御手洗教授が男の人生の空白の謎を解明する。そして皆の目の前にあらわれたのは、あまりに哀しく衝撃的な事実だった。ひとつの偶然とひとりのある想いが引き起こしたこの事件は、奥に行けば行くほど「誰かの誰かへの想い」が複雑に絡み合った事件だった。 それぞれの「正義」を主張するために、はるか昔から争いを繰り返す人間はこれからどこへ向かうのだろうか・・・。今あるこの世界は、あまりにも多くの犠牲や悲しみの上にあるんだな。 ほんと、島田先生の本は痛い。痛いけれど、これは知っておかなければならない痛み。 脳の話はとても興味深く、難しいところもあるけれど一気に読めました。 時代が時代だけに、インターネットや電話を駆使して研究室内で御手洗さんは謎を解いちゃいます。 普通ならこういう設定だと途中で飽きてしまいそうですが、無駄っぽいところもなく早く次へ次へと読めるところがすごい。 正直途中のグロイ描写がきつかったけど、これは人間が実際に同じ人間に対して行ってきた愚行そのものなんだろう。私が知らなかっただけで。知らないということもまた罪だ。 |
|
2008-03-29 Sat 14:36
コーエン兄弟最新作。
ネタバレあり。 不可解だな〜(笑) 何が不可解なのかと考えてみたけど、はっきりとは正直分からず。 ・・・でも断片的に思うことはたくさんあった気がする。 たとえば登場人物の配置の仕方というか役割的なもの。 構図的には、偶然大金を見つけて家族のためにそれを持って逃走するモスという男と、それを追う雇われ殺し屋シガー。そしてさらにそれを追う保安官。 最初はモスの視点で逃げる男がメインのように描かれているので、普通にこのモスが主役だと思って観る。でもある時点で、モスはシガーにやられるでもなく何でもない所であっけなく死んでしまう。 普通の映画なら語られるはずのところが何も語られず、物語は観客おいてけぼりな感じでどんどん先へ進んでいく。まるで、人ひとりが死ぬのなんてこんなもんだと言わんばかりに。 途中に登場する手ごわそうな探偵チックな男も同じ。 この人が物語に絡んできて、またひともんちゃく起こりそう・・・と予想させるがこれまたあっけなくシガーによって殺される。 観終わってから思えば、誰がメインであるとかストーリーのこの部分がメインというよりも、出てくる人物たち全部がただの「人間」として配置され、「人間」そのものの不可解さや愚かさが映画全体から滲み出ているような感じを受ける。それがこの映画の妙なリアリティを生んでいるような気がする。 観ていて「怖い」と感じたのはこの予測不可能な部分なのかもしれない。 たぶん、人間の人生と同じように。 もうひとつは『偶然』ということ。 殺し屋シガーは何度かコインを持ち出して、目の前にいる人に「表か裏か」と問いかける。 外れれば、当然のように殺す。シガーの中のルールはここにあったのかもしれない。 シガーにとっては死ぬも生きるもコインの表も裏も偶然なのであり、すべてはただ起こったことなのだ。 雇われ主に「モスを殺せ」と言われれば、それは約束であり決まっていることだからやる。 シガーにしてみれば、自分が事故にあうことだってただの『偶然』ということか。 とことんこの映画には意表を突かれまくりなんです。 必死に物語を追う観客を嘲笑うかのように。 でもそういうところに中毒性があるんだろうなコーエン映画。 それにしても殺し屋シガーのハビエル・バルデムは本気で怖い。 あのおかっぱ頭は素敵な演出だし(笑)ずっと手に持っていた殺し用のボンベもセンスがいいというか怖すぎる。このへんもすごく上手いというかなんというか・・・最高です。 『NO COUNTRY』 人間がはるか昔から区切っている国境のように、人間そのものもある枠内に思考を収めることでしか生きれないということか。本当はそんなものないのに・・・? うーん、やっぱり分からないことだらけだ。 |
|
2008-03-27 Thu 16:00
『眩暈』
『ぼくのまわりのなにもかもが、どくでよごれています・・・』 という大きなひらがなだけで書かれた奇妙な手記から始まる。 死体を組み合わせて両性具有者を作り出したり、外の世界が突然世界の終わりのような光景に一変したり、と精神異常者の手で書かれたものとしか思えない文章をきわめて論理的だと解釈し、御手洗潔が鮮やかに謎を解き明かす様は見事。 自分のすべての物事に対する見方がいかに狭いものかということに気付かされる。 終始広がる幻想世界に迷い込んだかのようで、この世界観に酔う。 何度も自分の視点をひっくり返され、そのトリックのスケールもかなり大きなものになってます。ひとつの悲しい事件を覆うこの幻想性が、謎をさらに広げてそして深めているような。 そして、豊かさと引き換えに人間たちが失ったもの、犠牲にしたものに対する作者の深い想いを感じる作品でもありました。この世界の隠れたところ、または隠されたところにこそ、想像を絶する深い悲しみがいつの時代にも存在しているということを感じる。 事件の真相が、トリックによって真実とは一見まったく違って見えるように、深い痛みや悲しみほど見えないベールに覆われているのかもしれない。 『水晶のピラミッド』 古代エジプトの悲恋、タイタニック沈没、アメリカ・ビッチポイントなど時空を超えたいくつかのストーリーを展開しながらひとつの世界観が出来上がっていく。それぞれの物語がとても興味深く、それらが事件に繋がっていくから面白い。この作品が取り扱うテーマ自体も「文明の死」というとても大きなものです。 アメリカ・ビッチポイントにある学者によって作られたピラミッドで起こった事件を中心に物語は展開しますが、今回もとてつもなく大掛かり(笑)謎解きどころか、ただただスケールのでかさに驚かされるばかり。そして、ラストのラストでさらに驚愕・・・。 正直トリックなどは何がなんだか分からなくなってくるけれど、どんなに大風呂敷を広げても最後にはちゃんと人間を人間として描いている気がするのです。 本格ミステリなんだけど、読後のいつも感じるこの切なさは何だろう?と考えた時に『眩暈』のレビューにも書いたように、そこには気付かれることのない痛みや悲しみに対する作者の想いが込められているからなのかなと思います。 ピラミッドの謎について語られている部分もとても興味深い。 そして、スキューバやエジプト旅行を疑似体験までできる。臨場感(?)あるんですこれが。 御手洗シリーズの中では多少物議をかもし出している作品と聞きますが、作者がひとつのところにとどまることなく作品ごとに色んな試みをしているような感じが私は好きです。 カフェで4時間読み続けてもあまり進まない程、私にとっては少し難解で分厚い本だったけど(笑) |
|
2008-03-27 Thu 12:18
生き方や考え方に共感し、憧れる人がいる。
それはもちろん、実際に出会えた人たちの中にいることもあるけれど、時には有名人であったり故人であったり、また本や映画の登場人物だったりもする。 実際に出会ったことがなくても、その人が外に発するものが私の中の何かと共鳴しあったり自分にはないものを示して与えてくれたりする。それもまた出会い。相手が出会ったと認識しているかどうか、ではなくて自分が素敵な出会いだと思うほどにそれは素敵な出会いになり得る。 どんな形であれ、そんな素敵な人たちに出会うと私はものすごい衝撃を受け、その人から多大なる影響を与えられる。思想や思考、まとう空気・・・今まであった「自分」がかたちを変えていくのが分かる。その人のことをもっともっと知りたいと思い、研究し始める。そしてある時点で自分の中に、その人の一部分の要素が定着する。 自分の人生の選択に悩んだとき、思いもよらない緊急事態に出くわしたときなど、今までにない大きな難関にぶつかってしまいどうにも身動きがとれない時には、どこからともなく「声」が聞こえてくることがある。自分の中から自分でない誰かの声。でもどこかで聞いたことのあるような言葉たち。なんだなんだ?と思いながら、少し耳を澄ます。それは、あの時出会ったあの人の声。もちろんその人自身はここにはいないけれどどこからか響く。 その時に、人の中に人が住んでるんだと思った。 私の中には何人もの人が住んでいて、あるときふいにその人の一部分が「私」のもともと持って生まれた部分と混ざり合って「私」の一部として生成される。 当たり前のことなのかもしれないけれど、これはすごいことじゃないかと。 人だけに限らず、自分が見てきたものたちの中で自分が選んできたものがこれからの自分を創っていく。そう考えると人ひとりひとりが唯一無二の存在と言われることに納得できる。だって自分の中に住んでるたくさんのものは、他の人と全部被ってるってことはほぼありえないから。 人と比較して生きていく無意味さをあらためて感じる。比べようもないやん。 人は人と比較したり、相手ありきで考えてしまうことがあまりにも多い。 それは人との間で生きているから仕方のないことでもあるけれど、私自身がそうであるようにそれに振り回されることが本当に多い。もう嫌になるほどに多い。こういう風なことを考えていて迷路に迷い込んだ時にも、何気なく私自身を肯定しながら「自分は自分として生きればいいんじゃない〜?」とかるーく言ってくれる内側の人がいる。 やっぱりいたんだ、自分の中の住人。 これからも素敵な住人を自分の中に増やしながら生きていけたらいいなと思う今日このごろ。 |
|
2008-03-15 Sat 13:39
『占星術殺人事件』
島田荘司デビュー作。 本格ミステリの中では常に名前が挙がる程有名な本書。 私は残念なことに、全く同じトリックが使われている某少年の事件簿の方を先に読んでしまっていたので、読む前からトリックはネタバレしていました。無念。ほんとに無念・・・何も知らずに読んでいたらどれほど感動が大きかっただろうと思うばかり。ああ無常。意味不明。 でもネタバレしていても後半の展開にはぐぐっと引き込まれ、一気読みしちゃう程。 途中から舞台が京都に移るので、情景を思い浮かべながら読めたのもまた楽しかった。 特に犯人と会う場面はドラマティックで感動すら覚えます。 ストーリー、トリック、人間心理、御手洗潔・・・この本には楽しめる要素がたくさん詰まってました。 最初に小難しい手記があるけれど、このしんどさをかるーく飛び越える感動が読後にはありました。 『斜め屋敷の犯罪』 御手洗シリーズ二作目。 北海道の宗谷岬にある斜め屋敷が舞台となった館もの。 最初の方は、正直「ありきたりやなこの展開」と思いながらなんとはなしに読み進めてました。 館に招かれた客が密室で殺され、あれやこれやの間にまたもうひとつの密室殺人が起こる。 御手洗ファンの私的には、彼が後半1/3くらいまで出てこないのでまだかまだかと思いながら若干イライラしながら読んでしまいました。でもやっぱり後半の展開のすばらしさはさすが。 もはや芸術とも言えるほど緻密で壮大なトリック、犯罪にいたるまでの犯人の人生や心理などが心にしっかり残るものだった。御手洗さんのさらっという一言にはいつも感銘を受けます。 『暗闇坂の人喰いの木』 物語全体に漂うおどろおどろしいけどどこか幻想的な雰囲気がとても好み。 読みながら背筋が凍る・・・いやいやほんと、処刑の歴史を絵&写真付きで淡々と語られた時は本当にページを読み飛ばそうかと思った(笑)この本には怖いけどそれ以上の好奇心を駆り立てる何かが確かにあります。だからやめたくてもやめたれない。 トリックもいつもどおり奇想天外だけど、今回のはいつも以上に突飛というかどこまでも不可解(笑) 書評でよく「トリックがあまりにも偶然にたよりすぎている部分が多い」と批判を受けているけれど、私的にはその偶然ですらミステリアスでぞくぞくするので楽しめるところでした。 偶然ですら何かの因縁によって必然的に起こるような気になってきます。 好き嫌いはかなり分かれる一冊だと思うけど、この作品はこうでなくちゃ!というこだわりが私にはあまりないというのと、乱歩的なおどろおどろしい雰囲気が好きなのでかなりいい感じで味わえた作品。 時々挟まれる昔のエピソードの語り口調がなんとも不気味。 ラストの博物館めぐり(?)はもうなんとも言えない生々しい狂気。 『御手洗潔の挨拶』 短編集。短編は御手洗潔の素敵さが際立ってます。 トリックなどは長編の満足感は味わえないけれど、気軽に読めて御手洗さんの魅力満載。 特に『数字錠』は短編の中でも人気の高い作品みたいです。涙を誘う・・・。誘われた・・・。 短編は遊び心があって、これはこれでまたいいなぁーと思う。御手洗ファンは必読。 『御手洗潔のダンス』 これも短編集。『御手洗潔の挨拶』よりさらに御手洗マニアック度アップ。 短編だけど、社会に対するメッセージ的なものや人間社会の問題点など作者の思いのようなものが読み取れる気がする。『舞踏病』はその点でもとても印象的。 『近況報告』では事件ではなく石岡くんと御手洗さんの日常が面白く描かれている。 つくづく島田荘司さんの作り出したキャラクターや世界観の素敵さに感動します。 そして、DNAについての御手洗さんの講義(?)はものすごく興味深い。 DNAを書き換えることってできるんだ・・・というかDNAによってすべて決定されているのかもしれないというところにもなんとも科学を超えた神秘性を感じる。 |
|
| チャップリンと木の下で |
NEXT≫
|
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
By FC2ブログ




