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生き方や考え方に共感し、憧れる人がいる。
それはもちろん、実際に出会えた人たちの中にいることもあるけれど、時には有名人であったり故人であったり、また本や映画の登場人物だったりもする。 実際に出会ったことがなくても、その人が外に発するものが私の中の何かと共鳴しあったり自分にはないものを示して与えてくれたりする。それもまた出会い。相手が出会ったと認識しているかどうか、ではなくて自分が素敵な出会いだと思うほどにそれは素敵な出会いになり得る。
どんな形であれ、そんな素敵な人たちに出会うと私はものすごい衝撃を受け、その人から多大なる影響を与えられる。思想や思考、まとう空気・・・今まであった「自分」がかたちを変えていくのが分かる。その人のことをもっともっと知りたいと思い、研究し始める。そしてある時点で自分の中に、その人の一部分の要素が定着する。
自分の人生の選択に悩んだとき、思いもよらない緊急事態に出くわしたときなど、今までにない大きな難関にぶつかってしまいどうにも身動きがとれない時には、どこからともなく「声」が聞こえてくることがある。自分の中から自分でない誰かの声。でもどこかで聞いたことのあるような言葉たち。なんだなんだ?と思いながら、少し耳を澄ます。それは、あの時出会ったあの人の声。もちろんその人自身はここにはいないけれどどこからか響く。
その時に、人の中に人が住んでるんだと思った。 私の中には何人もの人が住んでいて、あるときふいにその人の一部分が「私」のもともと持って生まれた部分と混ざり合って「私」の一部として生成される。 当たり前のことなのかもしれないけれど、これはすごいことじゃないかと。 人だけに限らず、自分が見てきたものたちの中で自分が選んできたものがこれからの自分を創っていく。そう考えると人ひとりひとりが唯一無二の存在と言われることに納得できる。だって自分の中に住んでるたくさんのものは、他の人と全部被ってるってことはほぼありえないから。
人と比較して生きていく無意味さをあらためて感じる。比べようもないやん。
人は人と比較したり、相手ありきで考えてしまうことがあまりにも多い。 それは人との間で生きているから仕方のないことでもあるけれど、私自身がそうであるようにそれに振り回されることが本当に多い。もう嫌になるほどに多い。こういう風なことを考えていて迷路に迷い込んだ時にも、何気なく私自身を肯定しながら「自分は自分として生きればいいんじゃない〜?」とかるーく言ってくれる内側の人がいる。
やっぱりいたんだ、自分の中の住人。 これからも素敵な住人を自分の中に増やしながら生きていけたらいいなと思う今日このごろ。
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