チャップリンと木の下で いつか語り合いたい、来世あたりに。
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悪い男
2007-11-28 Wed 01:05




まだまだキムちゃんブーム。

中毒性があります、キム映画。


繁華街のベンチに座る女子大生ソナに目を止めたハンギ。
やって来たボーイフレンドとの幸せそうなソナの姿を見て、強引に彼女の唇を奪う。
そして、ソナに蔑まれたハンギは復讐のためかただ傍に置いておくためか、彼女を罠にかけ売春宿へと売り飛ばす。客をとる彼女の姿をマジックミラー越しに見つめるハンギ。
2人の間にあるのは憎しみなのか、それとも愛なのか…。


とことん落とすことでしかソナを愛せないハンギ。
あまりにも凶暴で屈折した愛し方しか知らない男と、
それに巻き込まれ絶望し翻弄されながらも徐々に違う自分として生まれ変わってゆく女。

ハンギに陥れられたソナの中には、最初は憎しみや絶望しかなかっただろう。
でもいつしかその感情に麻痺し、娼婦である自分に慣れてしまった時、その苦しみの感情は徐々に違うものに変わっていたのかもしれない。
自分をただ見つめ続けるハンギへの依存のようなものなのか、愛情的なものなのかは分からないけれど。

「純愛」と「狂気」とか、そういう言葉で現せるのだろうかこれは。
綺麗なものでも汚いものでもない。


人は色んなものに「こういうもの」というレッテルを貼りたがる。
収入、職種、人種、容貌、年齢・・・まだまだ多くのもので他人を判断し、自分と比べる。
そして優越感や劣等感を覚えたり、美醜を決めたがる。
キム・ギドク映画を観ていると、いつもその基準が揺るがされる。
そして、自分の判断基準はいかに周りの色んなものに操作されてきたのかということを思い知らされる。

それは、娼婦が植物に雨水を与えようとする姿だったり、自分が傷つけられてもなお傷つけた相手をかばおうとするハンギの姿だったり。
その人が何であるか誰であるかは関係なく、その瞬間にどう生きているか、という視点からの美しさを見た気がした。暴力的なシーンなども割と多く刺激の強い映画だけれど、その混沌とした世界の奥のほうに潜む何かを見つけたような気がしました。


それにしても主演のチョ・ジェヒョン、セリフがラストあたりの一言しかないのに異様な存在感。
言葉がなくても、ここまで観ている側に語りかけられるものなのかと思いました。
かっこよすぎます・・・。










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世界はときどき美しい
2007-11-24 Sat 00:15
世界はときどき美しい



きっと、ここに生きている限りどんな所にいても誰の人生にでも、眩しいくらいに鮮やかで美しい一瞬がある。


そんな一瞬を見たような気がした。


未来の自分への不安、孤独感、自由を求めること、喪失感・・・それぞれの心にそれぞれの悩みや苛立ちを抱えながら生きる人生の中に、それさえも愛しくなる瞬間ってあるのかもしれない。自分にとっていらないように見えるものが、実は人生のスパイスになっていたり、生きているという実感になってたり。


映像がすごく美しくて、本当に世界が美しく見える一瞬を切り取ったような映画だった。

木漏れ日を浴びているような、朝靄の中にいるような感覚が心地よかった。


オムニバス形式になっているのだけど、全部がまったく別の物語でありながらひとつであるような、あたたかい膜のようなものに包まれているような、どことなく夢の中のようなそんな雰囲気を放つ作品。










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オリヲン座からの招待状
2007-11-21 Wed 12:54




切ないけどあたたかい、素敵な映画だった。


観終わった帰り道も、ぼんやりと余韻に浸ってたのだけど、少し時間が経ってじゃあ何がそんなに良かったのかなぁと考えてた。役者?音楽?演出?脚本?・・・全部??
映画の何が技術的にすごいとか、そういうのは正直よく分からないけど、この映画だけが持つ独特の空気感や間合いがとても心地良くて好き。

自分とその映画の波長が合うとき、自分にとってそれは良い作品であり、観ていて心地いい作品なんだろう。自分の人生観や価値観、ひとつの出来事や人やものに対する見方や感じ方に共鳴する瞬間がたくさんある作品。そんな作品に出会えた時のあの幸福感はすごい!

人との出逢いも同じ。
出逢うべくして出逢うんだろうし、自分が引き寄せていたり相手に自然に惹きつけられたり。

結局、そのものが持つ雰囲気、オーラ?空気感?
目に見えないもの、言葉にもなかなかしにくいもの・・・

役者さんは一人の別の人間を演じているわけだけど、その役者さんから観ている人が感じ取るものはほんものの生の感情だろうし、その生々しい喜びや悲しみなどの感情を分け合うことができるところは、人と接することとも似ている。



・・・レビューではなくただのつぶやきでした。








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受取人不明
2007-11-16 Fri 12:57




こんな重い映画、久々に観た(笑)

キム・ギドク監督の作品で、この映画を最初に観てたら、もうこの監督の作品は観なかったかもしれないと思う程。

この映画観た人は、一体どんな感想を持ったのかが気になって、色んなサイトのレビューを見てみました。
レビュー自体が少ないのだけど、やはり極端に賛否両論。
キム・ギドクの初期の作品は、淡々としてて重めのものが多いらしい。
確かに・・・重めというか重すぎる。
それでも最後まで観てしまういつもの引力はあるので、身動きとれないまま観ていました。


見事なまでの負の連鎖。
痛めつけられた自分の心を、方法を変えながらそのまま痛みを他人に渡していく。
伝染病のようにその不幸は感染し、物語は進むにつれ深い闇へと導かれる。
混沌とした時代の中に生きる人々の、悲痛な叫びが聞こえてくるよう。
これもまた人間の姿だと言われると、なんともいえない絶望感のようなものでいっぱいになる。


70%が実話であり、キム・ギドクの体験がもとになってる映画ということ。


何よりもそのことに一番ショックを受けてしまいました・・・。


別窓 | Movie | コメント:0 | トラックバック:0 |
クワイエットルームにようこそ  ☆☆☆
2007-11-15 Thu 00:01




ネタバレあるかもしれません。
これから観ようとしてる人は、面白さ半減する可能性がありますのでよければスルーしてくださいませ。

精神病院の閉鎖病棟が舞台のお話。
フリーライターの明日香(内田有紀)は、ある日目を覚ますと精神病院の閉鎖病棟の中でも特別に隔離された、クワイエットルームという真っ白な部屋に閉じ込められていた・・・


前半は、松尾スズキらしい笑いが満載で、精神病院という題材の重さをあまり感じさせない雰囲気。クドカンのキャラ(?)本人そのもの(?)かは分からないけれど、とにかく面白くてストーリー的なものは忘れて(笑)惹きこまれた。話が進むにつれ、主人公の明日香がどういう経緯でクワイエットルームに来たのか、なぜいるのかが徐々に明らかになっていく。

明日香は、自分だけは普通なのにここ(精神病院)に閉じ込められていると言う。
ミキ(蒼井優)も自分は他の患者に比べて普通なのにここにいるんだと言う。
もちろん私自身も、自分は普通、いわゆる「正常」だと思って生きている。
多分ほとんど皆、そう思って生きている。

『カッコーの巣の上で』や、ヤン・シュヴァンクマイエルの『ルナシー』を観た時にも感じたことだけど、「正常」と「異常」の境界線は人の数だけあるのか、そんなものは単なる思い込みの領域であって最初からそんなものは存在しないのだろうかとか考えたりする。よくわからないけど。誰もが自分でも気づかないうちに少しづつバランスを崩し、少しづつ何かが狂い始め、他者を「異常」とすることで自分が「正常」であろうとするのでしょうか。

明日香や他の患者たちは心に闇を抱えた病人として入院しているわけだけれど、物語が進むにつれそこにいる医者や看護婦、明日香を入院させた夫やその他の人も、心にそれぞれの闇を抱えた病人のようにも思えた。

闇とは、世の中には色々なものがたくさんあるかもしれないけれど・・・
やっぱりどこか映画の中の話として鑑賞し、日が経つとすぐに忘れていく。
これに限らず、基本的に自分以外のことは割と無関心に生きている、それ自体が闇?病み?
雑誌に載っている外国の戦争で荒れ果てた街の様子も、テレビのニュースで流れる事件も、隣の家で起こっている悲劇もいつの間にか流している無関心さ。他の痛みに無関心という心の闇は、精神病院の内と外なんて関係なく広がっているかもしれない。知らず知らずの間に。


なんか話がよく分からないところまで行ってしまいましたが。

重いテーマを扱っているのに割と普通に観れたのは、松尾スズキ監督のユーモアとキャストの豪華さと内田有紀の表面的な演技?(笑)があったからでしょうか。
・・・どうしても主人公に感情移入できないし、物語の中には入れない感じでした。
うーん、全体的には普通。かな。。。


でも蒼井優の表情にはなんだか泣けた。素敵でした。
















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うつせみ ☆☆☆☆☆
2007-11-08 Thu 13:16
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キム・ギドクにすっかり魅了されています。
『春夏秋冬そして春』『サマリア』に続く3作目。


この世は夢か現か。
誰しも孤独を抱え、ぽっかり穴が空いた心を埋める誰かを待ち続ける。
暴力を振るう夫によって家に閉じ込められた人妻ソナ。抜け殻のように生きるソナのもとにある日、留守宅を転々とする謎の青年テソクが現れ、ふたりの秘密の他人宅での生活が始まった。言葉を交わすことなく孤独な心と心がそっと寄り添う。そして、その旅の果てにはかなくもささやかな幸せが、2人を包む・・・

主人公の2人とも、終始言葉を発しない。
最後にたったひとことだけ発するソナの「ある一言」以外は。
なのに、なぜか言葉以上に心にぐっと迫ってくるような感情が、無言のテソクとソナの間に流れている。静かで緊迫感のある空気の中に、不安でどこか死の臭いさえするような妙な感覚。

自分が恐れているもの愛しいもの、目にするものすべて、どこまでが夢で現実なのか。
果たして夢と現実の境目なんてあるのか。ほんとのところは、どちらが自分にとってのいわゆる「現実」と呼ばれるものなのか。それともそんなもの最初からないのか。
最初からなくて、ただ自分の目に映るもの感じるものすべてがそのまま本当であるのかもしれない。
この物語の中に自分がいる間はすべてが分からなくなり、不安だけど心地いい、もやもやするおかしな錯覚に陥る。

静かなシーンの中に、時折ぞっとするほど鋭い視線を感じるというか・・・自分の心の中を見透かされてるのでは、という恐怖感を感じたりもする。でも、全体を優しく見守っているような、あたたかいもので物語を包み込むような目線で描かれているような気もする。
これはキム・ギドク監督の作品に共通したものなのかもしれないけれど。


観たことない。

こんな感覚になる映画は知らないです。








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長い散歩 ☆☆☆☆
2007-11-04 Sun 23:00




厳格すぎる性格ゆえに、妻をアルコール依存症に陥らせてしまいそして亡くし、娘の憎しみを買い、家庭の和を築くことができなかった安田は、定年退職を期に小さなアパートに独り暮らし始めた。安田の隣に住むのは母子家庭の親子。ある日虐待を繰り返す母親のもとから、背中に天使の羽をつけた幼い少女を連れ出した安田。そして、自分の家庭を築けなかった安田と心に傷を負った少女の長い散歩が始まる。
しかしそんな安田の行動に世間が下した判断は・・・。


短い旅の中で、少女と安田が心を通わせ互いの心が浄化されていたという事実があったとしても、それは世間から見れば「誘拐」だった。少しも愛情をもらえず、いつも荒れた部屋の机の下で耳をふさいでうずくまっていた少女を連れ出さずにはいれなかった男は、世間から見れば「犯罪者」だった。過去の過ちへの償いをしたかった不器用な男だった。

少女は、幼稚園にも行かせてもらえずいつも独り。
家にいると虐待を受ける、大人の醜態を見せつけられる。
だから少女はいつも、傷ついた心を守るため森の中のもうひとつの自分の部屋にいた。
それでも夜になると、やっぱり家に帰った。

それぞれの孤独を抱えた2人の長い散歩。


2人の間にあった「青空を見に行く」という約束にだけは救われた気がした。
決して人には知られることのない孤独は、その約束によって少しだけ溶かされたような、そんな気がした。青空を見た少女が思いきり飛ぼうとしたその瞬間に、少女の身動きの取れなかった心が解放されたのかもしれない。

結果的にはその解放は一時的なものであって、2人とも戻るべき所へもどらなければならないという現実が目の前にあったわけだけれど・・・。


正直、何を書いてもこのテーマの中ではしっくりこないし、
語る言葉があまり見つからない。



涙が止まらなかったです。
























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