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Author:tomo
京都在住の26歳OL。
映画・本・散歩・・・ 好きなものいっぱい。
とりあえず今生きてることが幸せだな。
リンクフリーです☆
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『眩暈』
『ぼくのまわりのなにもかもが、どくでよごれています・・・』
という大きなひらがなだけで書かれた奇妙な手記から始まる。 死体を組み合わせて両性具有者を作り出したり、外の世界が突然世界の終わりのような光景に一変したり、と精神異常者の手で書かれたものとしか思えない文章をきわめて論理的だと解釈し、御手洗潔が鮮やかに謎を解き明かす様は見事。
自分のすべての物事に対する見方がいかに狭いものかということに気付かされる。 終始広がる幻想世界に迷い込んだかのようで、この世界観に酔う。 何度も自分の視点をひっくり返され、そのトリックのスケールもかなり大きなものになってます。ひとつの悲しい事件を覆うこの幻想性が、謎をさらに広げてそして深めているような。
そして、豊かさと引き換えに人間たちが失ったもの、犠牲にしたものに対する作者の深い想いを感じる作品でもありました。この世界の隠れたところ、または隠されたところにこそ、想像を絶する深い悲しみがいつの時代にも存在しているということを感じる。
事件の真相が、トリックによって真実とは一見まったく違って見えるように、深い痛みや悲しみほど見えないベールに覆われているのかもしれない。
『水晶のピラミッド』
古代エジプトの悲恋、タイタニック沈没、アメリカ・ビッチポイントなど時空を超えたいくつかのストーリーを展開しながらひとつの世界観が出来上がっていく。それぞれの物語がとても興味深く、それらが事件に繋がっていくから面白い。この作品が取り扱うテーマ自体も「文明の死」というとても大きなものです。
アメリカ・ビッチポイントにある学者によって作られたピラミッドで起こった事件を中心に物語は展開しますが、今回もとてつもなく大掛かり(笑)謎解きどころか、ただただスケールのでかさに驚かされるばかり。そして、ラストのラストでさらに驚愕・・・。
正直トリックなどは何がなんだか分からなくなってくるけれど、どんなに大風呂敷を広げても最後にはちゃんと人間を人間として描いている気がするのです。 本格ミステリなんだけど、読後のいつも感じるこの切なさは何だろう?と考えた時に『眩暈』のレビューにも書いたように、そこには気付かれることのない痛みや悲しみに対する作者の想いが込められているからなのかなと思います。
ピラミッドの謎について語られている部分もとても興味深い。 そして、スキューバやエジプト旅行を疑似体験までできる。臨場感(?)あるんですこれが。 御手洗シリーズの中では多少物議をかもし出している作品と聞きますが、作者がひとつのところにとどまることなく作品ごとに色んな試みをしているような感じが私は好きです。
カフェで4時間読み続けてもあまり進まない程、私にとっては少し難解で分厚い本だったけど(笑)
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生き方や考え方に共感し、憧れる人がいる。
それはもちろん、実際に出会えた人たちの中にいることもあるけれど、時には有名人であったり故人であったり、また本や映画の登場人物だったりもする。 実際に出会ったことがなくても、その人が外に発するものが私の中の何かと共鳴しあったり自分にはないものを示して与えてくれたりする。それもまた出会い。相手が出会ったと認識しているかどうか、ではなくて自分が素敵な出会いだと思うほどにそれは素敵な出会いになり得る。
どんな形であれ、そんな素敵な人たちに出会うと私はものすごい衝撃を受け、その人から多大なる影響を与えられる。思想や思考、まとう空気・・・今まであった「自分」がかたちを変えていくのが分かる。その人のことをもっともっと知りたいと思い、研究し始める。そしてある時点で自分の中に、その人の一部分の要素が定着する。
自分の人生の選択に悩んだとき、思いもよらない緊急事態に出くわしたときなど、今までにない大きな難関にぶつかってしまいどうにも身動きがとれない時には、どこからともなく「声」が聞こえてくることがある。自分の中から自分でない誰かの声。でもどこかで聞いたことのあるような言葉たち。なんだなんだ?と思いながら、少し耳を澄ます。それは、あの時出会ったあの人の声。もちろんその人自身はここにはいないけれどどこからか響く。
その時に、人の中に人が住んでるんだと思った。 私の中には何人もの人が住んでいて、あるときふいにその人の一部分が「私」のもともと持って生まれた部分と混ざり合って「私」の一部として生成される。 当たり前のことなのかもしれないけれど、これはすごいことじゃないかと。 人だけに限らず、自分が見てきたものたちの中で自分が選んできたものがこれからの自分を創っていく。そう考えると人ひとりひとりが唯一無二の存在と言われることに納得できる。だって自分の中に住んでるたくさんのものは、他の人と全部被ってるってことはほぼありえないから。
人と比較して生きていく無意味さをあらためて感じる。比べようもないやん。
人は人と比較したり、相手ありきで考えてしまうことがあまりにも多い。 それは人との間で生きているから仕方のないことでもあるけれど、私自身がそうであるようにそれに振り回されることが本当に多い。もう嫌になるほどに多い。こういう風なことを考えていて迷路に迷い込んだ時にも、何気なく私自身を肯定しながら「自分は自分として生きればいいんじゃない〜?」とかるーく言ってくれる内側の人がいる。
やっぱりいたんだ、自分の中の住人。 これからも素敵な住人を自分の中に増やしながら生きていけたらいいなと思う今日このごろ。
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