チャップリンと木の下で いつか語り合いたい、来世あたりに。
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NO COUNTRY
2008-03-29 Sat 14:36
コーエン兄弟最新作。
ネタバレあり。

不可解だな~(笑)
何が不可解なのかと考えてみたけど、はっきりとは正直分からず。
・・・でも断片的に思うことはたくさんあった気がする。

たとえば登場人物の配置の仕方というか役割的なもの。
構図的には、偶然大金を見つけて家族のためにそれを持って逃走するモスという男と、それを追う雇われ殺し屋シガー。そしてさらにそれを追う保安官。
最初はモスの視点で逃げる男がメインのように描かれているので、普通にこのモスが主役だと思って観る。でもある時点で、モスはシガーにやられるでもなく何でもない所であっけなく死んでしまう。
普通の映画なら語られるはずのところが何も語られず、物語は観客おいてけぼりな感じでどんどん先へ進んでいく。まるで、人ひとりが死ぬのなんてこんなもんだと言わんばかりに。

途中に登場する手ごわそうな探偵チックな男も同じ。
この人が物語に絡んできて、またひともんちゃく起こりそう・・・と予想させるがこれまたあっけなくシガーによって殺される。

観終わってから思えば、誰がメインであるとかストーリーのこの部分がメインというよりも、出てくる人物たち全部がただの「人間」として配置され、「人間」そのものの不可解さや愚かさが映画全体から滲み出ているような感じを受ける。それがこの映画の妙なリアリティを生んでいるような気がする。
観ていて「怖い」と感じたのはこの予測不可能な部分なのかもしれない。

たぶん、人間の人生と同じように。


もうひとつは『偶然』ということ。

殺し屋シガーは何度かコインを持ち出して、目の前にいる人に「表か裏か」と問いかける。
外れれば、当然のように殺す。シガーの中のルールはここにあったのかもしれない。
シガーにとっては死ぬも生きるもコインの表も裏も偶然なのであり、すべてはただ起こったことなのだ。
雇われ主に「モスを殺せ」と言われれば、それは約束であり決まっていることだからやる。
シガーにしてみれば、自分が事故にあうことだってただの『偶然』ということか。

とことんこの映画には意表を突かれまくりなんです。
必死に物語を追う観客を嘲笑うかのように。
でもそういうところに中毒性があるんだろうなコーエン映画。

それにしても殺し屋シガーのハビエル・バルデムは本気で怖い。
あのおかっぱ頭は素敵な演出だし(笑)ずっと手に持っていた殺し用のボンベもセンスがいいというか怖すぎる。このへんもすごく上手いというかなんというか・・・最高です。


『NO COUNTRY』

人間がはるか昔から区切っている国境のように、人間そのものもある枠内に思考を収めることでしか生きれないということか。本当はそんなものないのに・・・?

うーん、やっぱり分からないことだらけだ。











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