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実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
2009-10-24 Sat 18:31
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
テーマ:MOVIE~邦画~
一部フィクションの部分もあるらしいけれど、物語のほとんどが実録とのこと。



私は『あさま山荘事件』についても『連合赤軍リンチ事件』についても、

その時代背景についてもほとんど知識のない状態で鑑賞しました。
そんな私が何を語れるだろうと思いレビュー書くのを何度かためらいもしたけれど、

自分なりの考えや感じたことを残したいと思い書いてみました。

どう考えてもフィクションにしか思えない光景ばかり。

「総括」の名の下に繰り返される暴力。 リーダー格の森と永田の個人的感情によって組織は支配され、暴力によって次々と仲間が死んでいく姿を目の当たりにしながら誰もそれを止めることはできない。

自分が生きるためには、この恐ろしい組織にも順応するしかないという状態。

世の中を変えるための真の革命を目指していたはずの若者たちは、自分達の本来望みもしない方向へと向かっていく。

時代は違うけれど、自分と同じくらいの年齢の若者たちが引き起こした事件。

どれほどの想いを持って挑んだ革命だったのかとかは私には分からないけれど、彼らが必死で命を懸けてでもやろうとした革命に、暴力による「同士の死」が必要だったのだろうか。



私は正直少しも共感できなかった。

でも最後の「あさま山荘事件」で、残った5人の若者が国家を相手に戦おうとした場面を観て思ったことがあった。

権力にたてつく者は排除される。


あの連合赤軍のリンチ事件でも、権力をもった森や永田にたてつくことは死を意味する。

同士がどんどん死んでゆくにつれて、そこから逃げ出すことも意見することもできなくなってくる。

きっとそこにいたほとんどの人は、もうやめたかったはず。でも死ぬのは怖い。

こんな弱さは誰もが持っているものではないだろうか。



この映画を観るまで、私が漠然とこの事件に持っていたイメージは「連合赤軍=暴力集団」のようなもの。 で

もそこにいたのは、弱さを持った命がけで革命を志す若者たちだった。



国家権力側から見れば「法律に背いた人を殺すことも厭わない危ない思想をもつ若者」でしかなかったかもしれない。権力をもつ側が常に「正義」の世界。



こういう若者たちがいた、という本当のところを知ることができて良かった。


上手く表現できないけれど、偏った描き方ではなく事実として「あの頃革命を夢見て生きた若者たちが存在した」ということがありのままに描かれているように感じました。

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